夢日記

 駅まであと5分ぐらいだろうか。少し汗ばんできていた。晩夏の太陽はジリジリじんわりと紫外線を浴びせてくる。歩く脚を早めた。時間が迫ってきていた。すると車道を挟んだ向こう側の歩道で右往左往している女性が目に入る。文字通り、道を見失っているようだった。横断歩道を渡って彼女に話し掛けた。その女性は何とEMIさんであった。雑誌と同じで、とんでもなく細い腕と脚だ。少し突付くだけでも折れてしまいそうな程に脆弱に見えた。身長は僕と同じか僕よりも少し高いぐらい。顔はどの動物かははっきり言えないが、小動物と呼ぶのがピッタリきそうだ。とてつもなく可愛い。しかしながら、そんなEMIさんがこんなところでどうしたのだろうか。僕が尋ねると、ニッコリと微笑んで僕の手を取り、いきなり歩き出した。その微笑みは奇跡そのもので、全ての人間を救う力を持っていそうな程に神懸かっていた。
 急に手を取られた僕であったが、不思議と恐怖や戸惑いといった感情は湧いてこなかった。それにしてもEMIさんは何処を目指して歩いているのだろうか。歩き始めて2分ぐらい経った時、EMIさんが口を開いた。突然こんなことをしてごめんなさい。だけどどうしても一緒に来て欲しい。そんなことを言ってきた。微笑みもさることながら、その声もまた素晴らしかった。生物が最も心地良いと感じる周波数で話しているのではないかと思えるぐらいに、ずっと聞いていたい声であった。そんな声で言われたら怒る気なんて微塵も生じはしない。最初からそんなつもりなどありはしなかったが。
 何故EMIさんがここにいたのか、今何処を目指しているのか、というような話をしてくれていたのだが僕の耳にはそんなことは入ってこなかった。ただただEMIさんの声という音を聞いていただけだ。暫く行くとまだ生まれて2ヶ月程度と思える子犬、子猫が地べたに寝そべっていた。コロコロしていてとても可愛い。どうやら路上ペットショップということらしい。そんなものがあったなんて。EMIさんと僕はそこにしゃがみ込んで、犬と猫を愛撫した。
 立ち上がって、再び歩き出した。EMIさんは僕の腕に腕を絡ませてきた。更に、身体をすり寄せてきた。やはり見た目の通り、細い腕は存在しないみたいに軽かった。身体は最低限の均衡をようやく保っていた。しかしその危うさが、彼女の魅力をいや増していた。顔を見る。その瞳は3秒以上は見つめられない。彼女の瞳は、ブラックホールであり、スピカでもあった。もう一軒の路上ペットショップを見つけた。どうやらここら辺一帯は路上ペットショップのメッカであるようだ。しかし目指す場所はここではない。パソコンショップに行かなくては。
 赤い看板のパソコンショップは西日を浴びて切なげだった。客は1組もいない。EMIさんとパソコンを眺めていると、1台だけやけに薄汚いパソコンがポツンと置いてあった。4年は経っているモデルだ。立ち上げてみると、それは僕のパソコンであった。僕は何の疑問も抱かずに、メールを作成しようとした。しかし10文字程タイプすると、その文字の上から文字化けした文字がカタカタと出てきた。目を見合わせるEMIさんと僕。しかし、やはりその瞳をじっくりとは見ていられなかった。どうやら強烈なスパイウェアに侵されているようだった。不安になっていると、スピーカーから雅楽のような音楽が轟音で鳴り出し、児嶋都の描くような絵がスクリーン中を蠢き出した。こんなことは今までにはなかった。完全にパソコンはいかれてしまった。5分程でその騒ぎは止んだ。しかしタイピングしようとすると再び始まった。もう厭だ……。EMIさんにも嫌われてしまう。パソコンよりもそのことの方が不安であった。そして重要であった。
 涙を浮かべた目でEMIさんを見ると、最初と同じようにニッコリと微笑んで僕を抱き締めてくれた。生まれて初めての昂揚感だった。きっとLSDでもこうはいかないだろう。思わず涙が零れた。