夢日記

 その女性は「かをり」と名乗った。本能的に、そういうことなのだろうと僕は察した。女性は20代前半で健康的な顔に体躯で何とも好感が持てた。しかし、どうやらそれは異性への印象だけらしい。かをりは女に嫌われる女だと自覚している。更にそれで女に嫌われてしまう。かをりは同性との付き合いを半ば諦めていた。山奥の庵の軒下で雨宿りしていた僕は、かをりの身体に色濃く残る痣を凝視していた。名前を呼ばれていることにも気付かずに。
 誰かが呼んでいる。顔を上げると、そこには当然かをりがいた。その赤らんだ頬が僕を安心させる。それにしても……、ここは一体何処なのだろうか?さっきの庵の軒下ではない。病院の一室。保健室。そんなような部屋だ。青みがかった白のシーツの簡素なベッドが2台並んでいた。かをりはその一方のベッドにいた。そして、僕はベッドの横にある椅子に座っていたのだ。かをりの痣はもう見えない。その代わり、腕がギプスで固定されていた。腕だけじゃない。ほぼ全身が包帯で覆われていた。唯一顔だけが無事だったと言っても良いぐらいだ。それでも笑顔を湛える彼女は頼もしい。
「そろそろ行こうか?」
 かをりが立ち上がった。歩けるのか?僕の心配をよそに、かをりは白い杖をついて歩き出した。かをりは盲人ではない。この辺りは白樺で有名なのだ。僕は肩を貸してゆっくりと病室を出ようとした。
 僕がドアノブに手を掛けようとしたその時、外側から扉が勢い良く開く。ここは病院だぞ?一体どういうつもりなんだ?病室に雪崩れ込んできた女が部屋中に大小様々な弾丸をばら撒いた。銃やライフルに装填して撃ってきたのではない。ただ花吹雪のようにばら撒いたのだ。ジャラジャラと音を立てて床に落ちる弾丸。僕は何故だかヤバいと感じた。早くこの部屋を出ないと。でも駄目だ。間に合わない。かをりを置いては行けない。かをりをしゃがませてその上に覆い被さった。同時に女がライターで火を放った。床の弾丸が銃で放つのと同様に、ピチュンッピチュンッ、と音を立てて病室内を縦横無尽に駆け巡った。僕はなるべく低い体勢になってどうにかやり過ごした。かをりを守ることが出来た。
 かをりを連れて部屋から出る。外にいる警官に、事態を知らせてかをりと僕は再び歩き出した。数秒後、僕等は学校の校庭にいた。今日は学園祭だ。普通の学校の校庭を8面。それぐらい広大な土地には、たこ焼きや焼きそばを売る模擬店が無数に並んでいた。そして校庭の真ん中を牛耳るのは巨大なステージだ。リキッドルームのステージの10倍以上の広さは軽く超えていた。高さは2.5倍ぐらいだろうか。兎に角とんでもない規模だ。そのステージでは、青い法被を着た男数人と赤い法被を来た女1人がダンスを踊っている。かをりと僕は並んでそれを見ていた。
 かをりともっと仲良くなりたいんだ、僕は。かをりは意外な程に冷淡だった。命の恩人だから……。そんなことを言ってくれるのを期待していたのかも知れない。僕は間抜けだ。それでもかをりは僕と手を繋いでくれた。胸が高鳴った。
 ステージに目を戻す。踊りはとても稚拙で、何故こんな大きなステージでやっているのだろうと見ている者に疑問を抱かせるものであった。しかし多くの生徒は熱狂していた。ようやくその理由が僕にもわかった。
 最早ステージ上の人間は、誰も法被を着ていない。これはストリップだったのだ。釘付けになるわけだ。それにしても、学園祭でストリップとは滅茶苦茶な学校だ。全校生徒が見つめる(見上げると表現した方が良いかも知れない)ステージは最高潮を迎えようとして、そのヴォルテージは上昇した。おいっ!皆まだ気付いていないのか!?
 ステージ遥か上空で学園祭を宣伝する巨大なアドバルーンが高度をどんどん下げてきていた。このままだとステージに激突してしまう。だけど、バルーンというぐらいだから当たっても大したことはないか。僕は全くのオポチュニストだった。遠近感を完全に無視してアドバルーンはステージに落ちた。気付いた時には爆撃されたように辺りは砂埃を湛え、悲鳴があちらこちらから上がった。アドバルーンは鉄で出来ていたようだ。そうじゃないとこんなにはならない。
 パニックに陥ると人間は想像以上に弱くなる。正に蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う者が入場門に雪崩れ込んで行った。我先に、自分だけは。そんな思いで誰もが走る。さっきまで仲良さ気に手を繋いで歩いていたカップルが互いを罵り合って先を争っている。こんな状況にあって、不謹慎ながら僕は少し笑ってしまった。かをりを見ると、僕と同じように笑っている。ははは。何だか楽しい。僕等は走った。かをりはすっかり良くなっていた。金網の破れた部分をかをりは知っていた。そこに向かって全速力で走った。僕の方が少し速い。金網を潜る。痛っ!少し金網に足を引っ掛けてしまった。裸足だったから余計に痛かった。こうして僕は校庭から脱出した。続いてかをりが出てきた。僕等は宿に戻った。
 築40年以上は経っているであろう旅館は木造で荘厳な雰囲気を醸し出している。宿に着いた僕は便所に向かった。足を洗う為だ。便所の洗面所に足を乗っけて水でジャブジャブ洗う。ピリッとした痛みが走る。その痛みの患部を手で探る。
 無い!小指が無い!右足の小指が無いぞ!
 数分前まで小指があった場所からは繊維ばった肉が剥き出しになっていた。糸のようなものは神経だろうか?意外な程に冷静だった。転んで擦り剥いた程度の痛みしか感じなかったからであろうか。傷口をまじまじと見ていると後ろから声がした。かをりだ。優しい微笑みを浮かべて、僕を包んだ。全てが終わって始まった。