日記

 何と言うか。そう。何と言って良いのか。なかなかどうしてどう表現して良いものか。学術的な言い方では「事故る」というのだろうか?兎も角。そう。事故った。
 毎月1日は映画が1000円で観られる日なので、僕は『saw2』を観に行こうと家を出た。2年乗っているスーパーカブには最初の頃の馬力は無い。それでも文句の無い走りをする。原付に跨って、シネコンに向かう。大きな通りをこのまま真っ直ぐ。それで良いはずだったのに。
 前方で少し車が詰まっていた。よくある郊外型の紳士服売場の駐車場に入ろうとする車と、出ようとする車がゆっくりとぶつかりそうな距離を擦れ違っていたのだ。それを待たなければならなかったので、少し混雑していた。ようやく無事擦れ違ったようで、進むことが出来る。そう思ってハンドルを回した。だけど、どうやら駐車場から出てきていた車は、まだ完全には車体を出し切っていなかったらしい。よく見ていなかった僕は、出切っていない車の後ろの車に追突してしまった。
 追突といってもグッシャリと突っ込んだのではなく、バンパーにガリッとぶつかった程度だ。僕はすぐに原付を降りた。前方の車も停車した。中から、おばさんとは言いづらい、ほっそりと小奇麗なご婦人が出てきた。2人で事故の程度を確認する。左後ろのバンパーに少し傷が付いていた。僕のカブも同じように少しの傷が出来ている程度だった。兎に角、このままボーッと突っ立っているだけでは解決には至らない。1、1、0、と携帯のボタンをプッシュする。繋がらない。もう一度1、1、0、と押す。7〜8回のコール音の後にようやく繋がった。管轄外の警察に電話がいってしまったみたいで要領が得られない。苦労して此処が何処なのかを伝える。15分後、一番近くの交番から来たと思われる警察官が到着。警察さん、なるべくならもっと早めに来て下さい。見ず知らずの、それもぶつけてしまってやや気まずい年の離れた女性との15分はとても長いです。
 どういった状況で事故ったのか、を一通り話した。その後名前や年齢、職業を聞かれ、免許証と自賠責保険証を見せた。そして最後にご婦人と連絡先を交換した。保険が下りるかどうかはわからない。僕はとても不安だった。やってしまったという気持ちで一杯だった。もう映画を観る気なんて湧いてくるはずがない。『saw』よりも現実の事故の方が恐ろしい。唯一の救いは、ご婦人は怒鳴りも、喧々もせずに接してくれたことだ。これがヤクザやヤンキーだったら、エアロをバキバキにされていただろうし、何処かのブログでキングを称する人にこき下ろされていたことだろう。
 帰宅した僕はお茶を飲んで一息入れ、保険会社に勤める父親に電話した。
「そうか」「もう警察にも言ったのか?」「多分保険は下りるから」「怪我は無いのか?」
 電話を切る。事故を起こしてしまった自分の不甲斐無さに、僕を責めることを一切しなかった父親の優しさに目がジワジワと熱くなってきた。どうにも涙が堪えられなかった。マジで、久しぶりに本気で泣いた。この人がいたから自分はこれまで生きてこれたんだとこの年になってようやく実感した。この人よりも早く自分は死んではいけないと思ってしまった。畜生。情けない。俺は。本当に。
 どうやら保険で全て賄えるようだった。良かった。それにしても。きっと僕の信心が儚過ぎたからこんなことになってしまったのだ。これからは壺や仏壇を沢山買って、聖なる教えを説く新聞も購読して、御題目も毎日唱えよう。ゆくゆくは、海外で集団結婚をして、景山民夫の本だけで揃えられた本棚も作ろう。何か色々な最悪なものが混ざり合っているな。