インド旅行記⑤

writer2006-02-26

 7時半。インドに来てからというもの、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めてしまう日が続いている。もし寝過ごしでもして一生ここに置き去りになったらどうしよう、という不安な気持ちが体内目覚まし時計を働かせてくれているのだろう。目覚めとほぼ同時にテレビの電源を入れる。早速『YU-GI-OH』の番組宣伝が。流れてくる主題歌を耳にして、未だ完璧に目覚めないYが思わず吹き出した。
 僕等が何故こんなにも、1日中この放送局にチャンネルを合わせているかというと、やはり音楽による点が大きい。日本産のアニメを観るというのは勿論安心感がある。しかしそれ以上に音楽が恋しくなってくる。成田で飛行機に乗ってからというもの、邦楽やアメリカ・イギリス初の洋楽を聴く機会というのは本当にないのだ。インドの飛行機、町、テレビでは所謂インドの伝統的音楽を中心に流しており、それがMTVという最先端お洒落ミュージックを提供してくれるチャンネルであってもインドのMTVから聴こえてくるのは民族音楽の要素を取り入れたテクノやHIPHOPやダンスミュージックなのである。つまりインドの音楽はどんなに若者向けのものであろうとマサラミュージックの域からは抜け切らないのである。そのような音楽が売れているのだから、インドの人は心底自分達の作り上げてきたものに誇りを抱いているのに違いないのである。しかし他所の国から来た僕等には区別がつかないのである。だから、MTVでマライア・キャリーの曲がかかった時には思わず笑みが零れてしまう程に嬉しかった。
 話が横道に逸れてしまったが、『YU-GI-OH(遊戯王)』である。歌詞はヒンディー語と英語で構成されているが曲自体は日本産なのでマサラの要素は皆無なのである。だから“hungum”等という放送局に常にチャンネルを合わせてしまうのだ。
 朝から『YU-GI-OH』にご満悦の僕等であったが、不意にテレビが消え、バスルームの電気も点かなくなってしまった。停電である。インドではよく起こることらしい。IT先進国等と言われているが、光回線どころか電話回線すら満足に通っていないのが現在のインドなのである。これほどまでにデジタルデバイドが深淵な国もないだろう。そして電気もホテルによっては満足に供給されてはいない。昨日も朝には停電が生じた。そう、これで『YU-GI-OH』とお別れである。今日はこれからアグラという町へ移動するのだ。
 車でアグラへ。一昨日と同様に真っ直ぐの道をひたすらに進む。そしてこれも一昨日と同様、ツーリスト向けのレストランで昼食を摂ることになった。チーズサンドウィッチとコーラを注文する。本当はエッグサンドウィッチを食べたかったのだが、インド西部で鳥インフルエンザが発生している為、鶏肉と卵はなるべく避けていたのだ。そして運ばれてきた物は、パッサパサのパンにスライスチーズを微塵切りにしたようなチーズが入っただけの粗末な料理だった。70ルピー。70ルピーといえばコンビニでちょっと上等なサンドウィッチが買える価格である。一昨日食べたターリーの方が安かったじゃあないか。インドの食事は当たり外れがデカ過ぎる。味は想像の少し下をいく不満足なものであった。そしてコーラの炭酸は貧弱で、マラソン選手にはピッタリの甘さを感じた。
 昼食の後、車は再びアグラへと動き出した。途中、何処かの城なのか寺なのか、よくわからないが観光スポットへ寄った。まあ綺麗だ。しかしここは無料で入れることもあってか、建物の中にも物売りやガイドを名乗る者がやたらと多い。物売りからは買わなければ良いだけだからまだ良い。頼んでもいないのにガイドを駆って出る輩の始末が悪いのだ。「私は学生で〜す。ここの歴史を学んでいます。ガイドさせて下さい。あなた学生?そう?じゃあ私と同じね。学生同士だからフリーよ。ほらアレはイスラム教の何とかかんとか〜」とむんずと肩を組んできて説明してくるのだ。インド人の体臭がダイレクトに鼻を襲ってくる。それは構わない。構わないわけではないけれど。問題はガイドをされた後のことである。無料とは言っているものの、そんな暇な奴はいない(いるのかも知れないけど)。金を取らずにただガイドをして満足するインド人なんて全人口から考えても1000人はいないであろう。それぐらいギラギラした奴が多いのだ、インドには。後からガイド料を請求してくるのが定石なのだ。だからもう止めてくれ、僕に構わないでくれ、お金が無いんだ、ガイドは必要無い。と応えて離れて貰った。
 いったい何の施設なのか最後までようと知れないスポットを後にして1時間、ようやく本日の宿に到着した。ジャイプルから7時間は経っていただろうか。「Nice Point Agra」という名前のホテルなのだが、何処がナイスなのだろう?アレか?ホテルの従業員が笛を吹いて、客である僕等が「ナイスですね」と言ってほくそ笑むようなアトラクションでもあるのか(←これの意味がわからない人は「村西とおる」で……ググらないで下さい)?それとも何か?シャワーからお湯が出ないだとか、鼠が出るだとかがナイスなのだろうか?10日間のインド旅行を通してこの宿が一番低質であった。
 しかし今日は遅い時間になっても外が騒がしい。もう12時を過ぎようとしているというのに。そういえば今日はシヴァの祭りで、ヒンドゥー教徒はシヴァの寺に向かうのだとドライバーのシャリさんが言っていた。シヴァといえばヒンドゥー教の神様の中で一番偉い神様である。インド中が浮き足立つのも頷ける。テレビの中継でも、寺院でシヴァへの祈りを捧げる儀式のようなものをやっている。いかにもインド風の音楽をBGMに、威厳たっぷりの髭を蓄えた老人がテレビに大映しにされている。時折映る一般のヒンドゥー教徒の中にはトランス状態に入って、一心不乱に祈り踊っている人もいる。こいつは面白そうだと、僕等も宿の外に出てみた。
 宿の周りにも50人から60人ぐらいの人間が辺りをうろうろしていた。地域の高校生ぐらいの少年等6〜7人が僕等に近寄って何をか話し掛けてきたのだが、よく聞き取れない。というか英語ではなさそうなので理解出来そうもない。でも何かしら下ネタを言ってきていることだけは奴等の表情から伝わってきた。まあ祭りだからな。高校生の後には中学生っぽい奴等数人がやはり僕等に話し掛けてきた。中に1人、普段冷静になったら絶対買わないけれど、祭りで売ってたら親にねだって買って貰うような仕様もない玩具を持っている奴がいて、世界中何処ででもこの業者の玩具は売られているのだな。そして買う馬鹿はいるのだなと思って嬉しさと少しの虚しさが湧いてきた。その中学生数人であるが、高校生同様、下ネタを僕等に言ってきているようだった。今度は手で形を作って示してきているので僕等にでも理解することが出来た。僕が本で見知った「ジキジキ」という言葉を発すると中学生は跳び上がるようにはしゃぎ出した。「ジキジキ」とはインドの隠語で「セックス」や「女性器」を意味する言葉である。やはり中学生は世界中何処に行っても興味のベクトルが下へ向かっているのだろう。僕等が手でのジェスチャーを交えて下ネタを発すると、本当に純粋(この場合純粋とは言い難いが)にギャハハハと笑うのである。世界中の人間が中学生男子なら下ネタを通して戦争は無くなるであろう。「俺そういうのには興味無えから」とつっぱる奴が出てきて不具合も生じてくるのだろうが。そんなことを考えたインドの祭りの夜であった。いったい僕は何を考えているのであろうか。
 今日はきっと引き分けだろう。
※写真は途中に寄った何かの建造物。自称ガイドはせめて制汗剤を持ち歩くことを法律で定めて欲しい。