インド旅行記④

writer2006-02-25

 ジャイプル2日目。歩いて「風の宮殿」という遺跡に向かった。RPGに出てきそうな名前の宮殿である。宿から約15分。あまり外国人はいない。いるのはインド人の観光客がほとんどであった。入場料は5ルピー。早速中へ入ってみる。綺麗で良い雰囲気ではあるが、何とも落書きが酷い。ここにインド人の何たるかが集約されている気がする。デリー観光の時にもあらゆる歴史的建造物にカップルの落書きがあったし。中にはハングル文字もあったけど。

 その後、風の宮殿から徒歩で7〜8分の場所に位置するという「タンジャル・マンジャル」という売れそうもないお笑いコンビ(寧ろトリオか?)の名のような、面白い名称の昔の天体観測に使われた遺跡を目指した。しかし見つからない。1時間かそれ以上それらしき周囲を歩き回ってみたのだが、見当たらない。仕方なく、インドの警察官へ道を尋ねる。彼の指示に従って歩いてはみたものの未だタンジャル・マンジャルは見えてこない。別のインド人紳士に訊いてみたところ、ここからすぐ側だと言う。紳士の示した方面へ行ってみると、ようやく観光客が沢山いるスポットに出ることが出来た。タンジャル・マンジャルという面白い名前ながら、大変入り組んだ場所にあって、初めて来る者には厳しい造りになっていた。
 中に入る。巨大で奇妙な幾何学形の太陽や月の観測装置や、12星座の観測装置が並んでいた。星座の観測装置には観光客への配慮からか、星座の絵とマークが記されていた。老年欧米人旅行者等は、それぞれ自分の星座の前で写真を撮っていてご満悦だった。『聖闘士星矢』を熟読している方ならば、人一倍タンジャル・マンジャルを楽しめるだろう。残念ながら僕はその時期のジャンプには手を出していなかったので次回インドに来るときまでには、全巻揃えておくことにしようと決意した。
 タンジャル・マンジャルを探すのに歩き回って疲れ果ててしまった僕等は、一番背の高い観測装置の側に座って小休止を取ることにした。そんな僕等のすぐ側を日本人の女の子2人が通るが、勿論話し掛ける勇気だとか気概だとかは持ち合わせていない。きっと話し掛けていたらフラグが立って、インド旅行が更にメモリアルなものになったであろう。小1時間タンジャル・マンジャルを見物し、再びジャイプルの町へと繰り出した。喉が渇いたと、Yがファンタオレンジを買った。そのファンタを片手にバザールを歩くとやたらとガキが群がってくる。確かに歩き疲れて乾いた喉にファンタを流し込むというのは最高である。化学的な甘さが身体に浸透していくのが胃を伝って心地良い。この快感が世界中に広まれば、薬物中毒者はいなくなるのではないだろうかと思えるぐらいだ。その快感をインドの子供は知っているのだろう。これまでにないぐらいしつこく付きまとってくる。
 子供を振り払って町を行く。インドに着いた当初から手に入れたいと思っていたサンダルを物色した。やはり靴では疲れるし蒸れる。サンダルならば靴下を洗う手間も無くなるので、ここで買うべきだろうと考えた。金魚すくいの屋台みたいな店に入ると、70歳ぐらいのじいさんが接客してくれた。革製の、茶色くてスリッパに似た形状のサンダルを勧められた。250ルピーだという。まあ手作りだし、日本で買うと……なんて考えるとこの価格で手を打ってしまいそうになるが、奴等にとっての250ルピーというのは僕等にとっての数千円に等しい金額なのだ。ならばもっと安い値で買いたいではないか。観光客価格というのがあると聞くし。まずは、と遠慮して「180ルピーじゃ駄目?」なんて尋ねてみるとそれでOKだと言う。嗚呼畜生、こいつ等180ルピーで全然損してないんだな。でも最初にその値段で言っちゃったし、とえっちらおっちらしているといつの間にか粗末なビニル袋に包装されて会計は終了していた。インドで初めての日用品の買物は完璧な敗北に終わってしまった。きっと本当は50ルピーぐらいで売っているのだろう。肩を落とし気味に宿へ一旦帰って、シャワーを浴びて、日がやや陰ってから再び外出。
 Yもサンダルを買うということで買物に挑戦。インドでの買物。それは逆転裁判のような心持で臨まなければならないことを僕等は先の買物で学んだ。Yは最初300ルピーを提示されたが「125にしてくれ」と店の少年に迫ったところ相手にされない。じゃあ僕等は帰る、と店を出ると少年が追ってきて、150で良いよ、と言う。何なんだそれは。一旦店を出ようとすると追い掛けてきて安くしてくれるという話は本当だったようだ。Yは150ルピーで手を打った。しかしこれでも高いことは高いのだろうけど。
 その後、喫茶店(のように洒落てはいないが)でチャイを飲んだ。1杯7ルピー。紅茶の柔らかな香りと甘い味が良い。ファンタとは違った自然な甘みでこれまた身体に染み入る。さあ帰ろうと歩き出すも、ここから宿までは結構距離があって面倒臭い。僕等は初めてリキシャを利用した。英語を喋れないリキシャマンとジェスチャーを交えて交渉する。10ルピーで宿近くまで連れて行って貰うことになった。相場がわからない。早速リキシャに乗り込んだ。安っぽいビニールの椅子に座るとリキシャマンが自転車を漕ぎ始めた。このリキシャマン、年齢が60を超えていそうなじいさんである。そのじいさんが一生懸命自転車を漕いでくれているのに僕等は椅子に座っているというのは何だかバツが悪いような気がしてならなかった。途中、夕飯用にとサモサを買う為に屋台の前に停まって貰った。停まる時に何か(きっと「一旦停まるんだから料金を上増しするぞ」的なこと)言っていたが僕等は理解出来ない。宿の側で降ろして貰った。10ルピー札を渡すと何か物言いたげな顔をするが、僕等は何か言われないうちにと逃げるようにリキシャから離れた。そして昨日と同じように酒屋でビールを買う。今日は2本だ。酒屋の店主が大きな札を細かくしてやると言うので、Yが500ルピー札を出すと100ルピー札が1枚しか返ってこない。僕はYが既に両替して貰ったのだと思い込み、今度は自分の500ルピー札を渡すとちゃんと100ルピー札が5枚返ってきた。ようやく誤魔化しに気付いた僕等は、店主に抗議した。しかしこのオヤジ、とてつもなく遠い目をして目を合わそうとしない。その目は『遊戯王』で例えると、ペガサスに魂を抜かれた木馬のようだった。諦めて宿に帰る。
 テレビを観ながらサモサをつまみ、ビールを煽った。テレビでは『YU-GI-OH(遊戯王)』が流れていた。インドではケーブルテレビが主流らしく、100チャンネル近くあり、中には日本のアニメを放映するチャンネルもあった。そして“hunguma”というチャンネルでは月曜日から金曜日まで1話ずつ『遊戯王』をやっているのだ。そして今日、土曜日には月曜日から金曜日までの平日に流した『遊戯王』をおさらいとばかりにまとめて放映するのだ。つまりエンドレスで『YU-GI-OH』なのである。主題歌は、曲は同じであるが、詞はちゃんとヒンドゥー語バージョンである。レコーディングはカラオケボックスでしたような音質ではあるが。その主題歌を半強制的に(何だかんだ言ってチャンネルを変えずに観てしまう)何遍も聴かされるので覚えてしまった。フッと気付くと頭の中では常に『YU-GI-OH』である。この旅の後半に差し掛かる頃には『YU-GI-OH』のテーマは最早呪いと化す。
 その『YU-GI-OH』の合間にインドの特撮物『HERO』が流れた。僕等はこれを待っていた。昨日からこの番組の宣伝をやっており、気になって仕方なかったのだ。HEROは普段はクラスの中でも冴えない中学生(25歳ぐらいの役者が演じている)なのだが、いざ事件が起こると変身(顔は眼鏡を取っただけ。コスチュームはハンズに売っているような赤いタイツ上下)して敵と戦うのである。彼の仲間は、HEROが普段遊んでいる人形がHEROの変身と同時に人化する(岡本夏生をインド面にしたようなほんの少し妖艶な女と牛魔王みたいな外見の片手がハンマーの屈強な男)。今回は音を操って人を気絶させ、その隙に金目の物を奪う信念の無い敵である。そのルックスは目の周りに黒いシャドーを入れただけのシンプルで子供にも威圧感を与えない優しいものだ。最初、踊りで人々を気絶させていた敵であるが、途中からはエレキギターを使ってより強力になった。HEROも3回は気絶させられた。そう、『HERO』は話の展開が非常にスロウなのである。合間のCMが本編と同じぐらいの長さだし。ようやくHEROの反撃となった時には開始から1時間半を過ぎていた。そしてHEROの必殺攻撃方法は神への祈りである。祈りを懸命に捧げると、神が敵に裁きを与え賜うのだ。今までのアレは何だったの?と思わせてくれるインドらしい作品である。しかしエレキギターの敵を倒しても終わりではない。事件には黒幕がいたのだ。ヴァイオリンを使う女の敵である(女をたらし込んで金を巻き上げるホスト風の男を想像した方、そうではない。黒幕の敵の性別が女性という意味だ)。こいつをどうやって倒したかはもうどうでもよくなってあまり注意して観ていなかったからよくわからない。まあ多分神に祈ったのだろう。開始から2時間。ようやく『HERO』は終わった。ロシア映画を観るぐらい疲れた。拷問に近いものがある。きっと『HERO』も『YU-GI-OH』と同様、土曜日に(駄洒落じゃないよ)1週間分をまとめて放映するのだろう。1週間でようやく完結する特撮物ってどうなんだろう。子供の時からこんなのばっかり観てたら多少列車が遅れても文句なんか言わなくなるなと思う。試しにインドの子供に日本の特撮物を観せてやりたい。そしてまた気付くと『YU-GI-OH』が始まる。
 今日はインドというか『HERO』に負けた。
※写真はジャイプルでの宿。この日は2枚しか写真を撮ってないことに今気付いた。