日記

 時間の感覚が全く無かった。宴会が終わってから2時間ぐらい経っていただろうか。全員が完璧に眠っていた。どうやら宴会が盛り上がり過ぎ、騒ぎまくって、疲れて、眠りに落ちてしまったらしい。仲間の1人が店長さんと知り合いだった為、店の配慮でそのまま寝させておいてくれたようだ。しかし、本当に見事なまでの酔っ払い達である。何人かは折り重なるようにして、正に泥のように眠っている。奴隷船みたいだ。僕はそんなことを考えながら足音を立てないように、人を飛び越えトイレに行った。店内は僕達以外は、店員さんさえもいなかった。トイレからの帰りは、洞窟のような静けさと冷たさに少し震えた。奴隷船のような座敷に戻ると、1人の女性が目をゴシゴシ擦っていた。どうやら眠りから覚めたようだ。まだ酒が残っているのであろう、腫れぼったく重たそうな瞼を未だ完全には開けられないでいた。首をグルグル回して、どうにか身体の調子を整えようとしていた。
 「起きたんだ?」
 僕が声を掛けるとビクッと背筋を伸ばした。そっと声がした方(僕の方)へと顔を向ける女性。僕の顔を認めると、ようやく安心したらしい。
 「あ、うん」
 そう言って、笑顔を作り、頷いた。今ので眠気は完璧に覚めたようだ。僕はまた、足音を立てないように人を飛び越えて元の位置に戻った。そうしてその女性と向き合って胡坐をかいた。一体今何時なのか、いかにして僕等が眠ってしまったのか、そんなことを話した。その女性には、相槌を打つ時に近くにいる他人の身体を触ったり叩いたりする癖があるらしい。どうにも僕の身体を触ってくるのが気になる。まあ綺麗な女性なので決して厭ではないのだが。それでもやはり一生懸命話している時に、いちいち身体を触られると調子が狂う。10分ぐらい、僕が話す→彼女が僕を触る(叩く)を繰り返しただろうか。もう良い加減に彼女を注意しようと思ったところでまた触ってきた。
 「あふぅ」
 何処からともなく喘ぎ声のようなものが聞こえてきた。僕は辺りを見回した。彼女にも聞こえていたようで、僕に話し掛けてきた。
 「ちょっとも〜。何言ってんのよ」
 笑いながらそう言った。また僕の身体を触りながら。
 「あふぅ」
 あ!僕だ!僕が出していたんだ。10分前まで彼女に触られても叩かれても何とも無かったのに。急に、何だ?これは?全身が女性器のようになっている。滅茶苦茶敏感だ(いや、女性器がどのぐらいのものか詳しく知りませんよ僕は。男ですし。でも、世の中で一番敏感なものは何か、と問われたら女性器とか精密機器とかぐらいしかないじゃないですか)。変な声を出す僕を彼女はあははと笑いながら叩いた。叩かれる度に僕は「あふぅ」と情けない声を出した。それが1分間も続いた。僕はこれまで味わったことのない感覚に自我を失いつつあった。そんな僕の様子を、流石に彼女も異常だと感じてきたのだろう。顔に微笑みを浮かべてはいるが、それは誰が見たって引き攣っている。「あ、あぁ……」。僕はというとそんな声しか出せなくなっていた。彼女の表情は苦笑いから恐怖に変わった。今や僕は痙攣してその場から動けない。後ずさりする彼女。そこでようやく僕等2人以外の人間が起き上がってきた。目を覚ましたのは彼女の恋人だ。良かった。これで彼女は大丈夫だ。
 僕に異変が起こっていることを彼女は彼氏に伝えようとしているのだろう。しかし恐怖に支配されている為に口が利けなくなっていた。美しい顔を引き攣らせ、口をパクパク、僕を指差している。僕はどうにか顔の筋肉を動かして笑顔を作り、彼女に応えた。しかしどうだろう。彼氏は怒りに満ち満ちた顔で僕を見ている。いや、違う。そうじゃないんです。僕は彼女を犯そう等とは考えてはいません。寧ろ僕が彼女にレイプされたに近いような状態です。そう言いたかった。だけど僕の喉はギュッと締まっていて、「あっ!あっ!」としか言えない。顔はさっきの笑顔が戻らない。結果、女性を笑顔で見つめながら「あっ!あっ!」と言っている僕と、僕を指差し恐怖に震える女性と、その彼氏という構図が出来上がった。次に気が付いた時には、非常階段の踊り場で彼氏に頭を踏まれて土下座する僕がいた。そんな夢。