実地

横浜は寿町に行ってきた。
大阪の釜ヶ崎、東京の山谷に並ぶ日本三大ドヤ街の一つだ。

JR横浜線石川町駅には出口が二箇所ある。中華街口と元町口。
中華街口は勿論中華街方面へ、元町口も山手の金持ちを象徴するお洒落な街、元町まで。
しかし元町口を出て元町とは逆の方向へ、つまり関内駅方面に歩くと見えてくる景色はくすんでいる。
寿町を目指していた僕は川沿いに建てられたビニールハウス、ダンボールハウスを横目に橋を渡る。
駅の看板地図で位置を確認したが方向音痴の僕である。寿町への道を見失ってしまった。
地図を見ようとローソンに入ると中に居る客は見るからにホームレスか労務者。
寿町が近いのかなと僕は思う。
で、売り物の地図を立ち読みして驚愕。僕は既に寿町に入っていたのだ。
ローソンを出て気付いたが大きな道路を挟んで向こう側には社民党の事務所が。
芳ばしいゼ、何て思う。
僕の居る側の寿町一丁目はラブホテル街。道路を挟んで向こう側が二丁目。
僕は不安になりながらも大きな道路を渡り路地に入る。
教会が立ってる。


入ると日曜昼間であるにも関わらず大衆酒場は賑わい、スナックからはカラオケを唄う声が道路にまで響いている。
一番最初に目に入ってきた人は弁当屋の前に居る老人。背もたれがビリビリに破れた車椅子に座る老人、
そしてその彼と談笑するおじさん。
だが凝視してはいけない、何を言われるか分からない。チラッと見て先を目指す。
万が一因縁をつけられて金を取られてしまっても良いように油取り紙のケースに非常用の壱万円札を忍ばせておいてある。


10メートルも歩かないうちに人間の数が増えてくる。
交差点に辿り着くとちょうど角を曲がってきた人が居た。
男二人手を繋いでいる、おっさん二人が。
公然と男カップルが手を繋いでいるここはオランダ並に自由なのかも知れない。


僕はこの空間の雰囲気に息が詰まってしまいそうだったので一旦街を出ることにした。
拓けた道に出る途中、おじさんが20〜30人同じ一点を凝視していた。
街頭テレビで競馬か競艇を観ているのだろう。


拓けた道に出ると目の前には横浜スタジアムが建っていた。家族連れが多い。
道路を一本挟むだけでこれ程までにそこに居る人間の種類は変わってしまうのか、と思ったりした。
で、関内駅近くのマクドナルドで昼食を摂る。小休止。


再び寿町に入る。さっきとは違う道から入る。交番がある。機能して無いだろ。
その交番近くには殺し屋1に出てきたヤクザマンションみたいなマンションが何棟か建ってる。
マンション前にはフロントガラスが割れた(明らかにバットか何かで割られた丸い穴)車。
そういえば、と見回すと高級車が停まってるのが目に付く。
それっぽい服装の人も歩いてる。
ヤクザだね、ヤクザ。非現実過ぎる現実に酩酊しそうになる。
ヤクザマンションの前を避けるように僕は右に曲がった。


右に曲がってもそれほど状況は変わらない。
労働者センターみたいな建物のピロティで焚き火をしてる集団。
その中のおっさんの一人が「そこの歩いてるの!」と叫んでた。
「僕じゃない僕じゃない」そう願いながら通り過ぎる。
僕なのか僕じゃないのか定かではない。


やり過ごした、とホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、口喧嘩をしてる男二人。何なんだこの街は…。
しかしこのままでは一体ここまで何をしに来たのだ、ということに自分の中でなってしまう。
そこで焼き鳥屋の前でテイクアウト用に焼き鳥を焼いているおばさんに
「焼き鳥下さい」と話しかけた。
一本\100ってこの地域でこの値段とは強気だな…。自販機のジュースは一本\90なのに。
紙コップジュースの自販機に至っては\60。そこで一本\100とはどんな感覚なんだ、と。


おばさん(以下お)「何にする?」
僕「えっと…じゃあモモと軟骨下さい」
お「はいよ。タレと塩どっち?」
僕「どっちがオススメですかね?」
お「そりゃあお客さんの好みだから何とも言えないねぇ」
僕「そうですか…じゃあ両方とも塩でお願いします」


モモはすぐに出てきた。塩は焼き上がりに味塩を過剰に振り掛けるものでした。
軟骨は冷凍庫から出したばかりらしくなかなか焼き上がらない。
焼き上がりを待つ五分、おじさんが一人店内に「ウーハイ」と言いながら入って行った。
うーむ、どうやら軟骨。強火で焼き過ぎたせいか串が焦げてる。
おばさんが「お待たせ」と軟骨を火からあげようとしたらポロッと串が崩れる。
無理矢理新たな串を捻じ込む。


お「串二本入ってるから気をつけてね」
僕「はい…わかりました。どーも」


不安定な串を片手に寿町を出る。
街の出口には後部席のドアが外れた車が停めてある。
それを横目に軟骨を頬張ると中から冷たい汁。口の中には生臭い匂い。
生焼け…ヤバそうだ…どんな肉使ってるか分からない軟骨。
近々僕が死ぬことがあったらこれが原因です。


また来よう、最初にしてはよくやったよ、僕ぁ。


その後少しでも気分を変えようと山下公園に行く、独りで。
山下公園が何処にあるかわからないのでカップルに付いて行く。
到着。
独りで山下公園に居る人間なんて俺かブツブツ呟いてるおっさんぐらいだゼ。
得意になって歩を進める。
氷川丸前に人だかりが出来ているので覗き込むと流暢な日本語を操る大道芸人
元英会話講師らしい。


「何が駅前留学だ、何がウサギだ」


と言っていた。首になったそうだ。
それにしてもこの彼、芸もさることながらオーディエンスを楽しませる話術が秀逸。
一見の価値はあり。
最後の大技はチェーンソー+松明+ボールでのジャグリング。
凄かった、『saw』を観た時よりも汗をかいた。
彼の帽子に\500入れて山下公園を去る。


横浜を去る。