日記

 髪を切りに美容室へ。洗髪されて、椅子に案内された。目の前にあるファッション誌を手に取る。雑誌に目をやっていないと目線を何処へやって良いのかがわからない。僕は雑誌を広げた。各都市のお洒落ショップ店員のスナップが並んでいる。札幌・仙台・東京・名古屋・大阪という具合に。福岡のあるショップ店員に目が止まった。名前を確認する。どうやら変な名前をしてはいない。時々素人のクセに下の名前だけとか、全部カタカナ表記にするとかしちゃう奴がいる。彼は本名だ。髭をうっすらと生やしてはいるがその顔には当時の面影がある。名前と顔が一致する。彼とは小学校が一緒だった。
 一緒だったといっても、僕がその小学校にいたのは6年生の時だけだったので思い入れは殆んど無い。そして雑誌の中の彼とは恐らく言葉を交わしたことは皆無のはずだ。1学年に3クラスだけといっても僕は転入してきた身だったから違うクラスにいた彼とは勿論話す機会なんてなかった。何故そんな僕が彼のことを覚えていたかと言うと、彼がモテ男だったから。小学生にしては背が高くて、サッカー部。抜かり無しだろう。
 まあ20秒間ぐらい上記のようなことを考えたけど別にどうってことないことだったのですぐにページを繰った。これが、エロ本やAVに同級生が!とかだったら美容室を出てすぐに書店やセルDVD店に原付を走らせただろう。だが今回はそうではないので大人しく髪を切られた。同級生がAVに!っていう事態に陥ってみたいものだが。ラムタラで買うぞ。
 髪を切ってくれている美容師さんは映画好きで、かなりの本数を観てるお方だ。これまで美容室でのカット、というと会話は1分で途切れて重苦しい(少なくとも僕には)空気に耐え切れず、それほど興味の無いファッション誌の隅々に目を通すというものであった。しかし今の美容師さんになってから映画談義が出来るのでそこそこ楽しかった。今回は『saw2』の話を中心に会話を楽しんだ。
 最近観た映画の話もそろそろ尽きてきたところで、美容師さんが不意に「昨日の日本代表戦観ましたか?」と訊いてきた。日本代表戦。恐らくバレーボールのことではないだろう。きっとサッカーの試合のことだ。ニュースで観たところアンゴラに1−0で勝ったとか負けてないとか。その程度のことしか知らなかった。取り敢えず「ニュースで観た程度です」と返す。
 「松井が良かったですね」だとか「中田はドイツの次のW杯には出ないでしょうね」だとか。僕が返す言葉は「松井ってフランスに行った人ですよね?」だとか「中田は次のW杯には出ないんですか?」だとか。底の浅い知識と鸚鵡返し。サッカーの話はちょっと……。というかスポーツ全般ちょっと……なのだ。まだ野球の方がわかるし。美容師さんは幼い頃からサッカーをやっていたらしく、やはりサッカーには思い入れがあるようだ。だから余計に迂闊なことは言えない。ここが僕の美容室での会話の限界か。