日記

 丸の内線で人身事故?まさかそんなことが?だって俺はこれから面接を受けに行かなければならないというのに。新中野駅は丸の内線としか接続してないのだぞ。畜生遅刻か?俺は面接に遅刻するのか?それは嫌だ、絶対に嫌なんだ。そこで俺は考えた。電車、地下鉄は一度人身事故となるとなかなかにして動かない。仕様が無い。皆さんはタクシーという乗り物をご存知だろうか。一見普通の乗用車なのだがオレンジやグリーンのカラフルな彩色を施した一般に初乗り660円の交通機関で、こちらの目的地を告げると正確にそこまで運んでくれる乗り物である。しかしながら学生風情の俺にしてみれば些か高級な乗り物である。普段は乗ることを避けている。しかし今回は面接。背に腹は変えられない。良かった、タクシーという存在のことを事前に知っていて良かった。もし俺がタクシーなんていう便利なものがあるとは知らずに丸の内線運転再開までヤバいヤバいゲヒゲヒと阿呆面をぶら下げて待っていたらきっと面接には間に合わずに新宿までの交通費を無駄にしていたに違いない。
 タクシーに乗り「新中野までお願いします」と告げると運転手さんが「新中野?ちょっとわからないんで地図で確認しますね」なんて。その口調がとても丁寧であった為、俺は時間に追われながらも嫌な思いせずに「そうですか。お願いします」なんて。ほんの数十秒で新中野の位置を認めた運転手さんは颯爽とギアをドライブに入れてタクシーを発進させた。「中野坂上の手前でちょっと混むかも知れません」なんて。また丁寧に断りを入れてくれ、俺はその車中が快いものになることに確信を抱いた。こんな人当たりの良さそうな運転手さんと会話をしたい。俺は会話をするんだ。そう思って「これから面接なんですよ」と会ってまだ数分の運転手さんに話し掛けた。「そうですか。大変ですねえ。でも最近は以前よりもまだ状況は良くなってるんでしょう?」と運転手さんが小気味よいリズムの話し方で。「どうなんですかね。僕にとっては厳しいですよ」と半笑いでニヤニヤ小汚い顔で俺が答える。「私は九州の大学を出て日産の面接を受けたんですよ」と運転手さんが。日産?日産とはあの日産だよな?スカイラインフェアレディZなんていう素晴らしいスポーツカーやサニーなんかのファミリーカーも出すトヨタに次ぐ日本第二位の自動車メーカーだよなあ。そんな超一流企業の面接を受けただと?「受かったんですか?」そう尋ねた声が震えていた。それは嘘だ。「ええ、まあ。でも今とは時代が違いますからねえ」って。そりゃあ違うだろうけど羨ましい・・・・・・。俺もそんな時代に生まれたかった。そうこうしているうちに新中野駅付近でタクシーが停車した。「頑張ってきて下さいね」という一言に押し出され新中野の地を踏む。
 以前説明会を受けに来ていたから会社の所在は知っていた。歩くこと3分。目的地であるソフト・オン・デマンドに到着。受付で記名し、パスを首に掛けて4階へと昇る。既に一人リクルーターらしき学生が待合エリアに座っている。同じように座って待っているとその後3人の学生が入ってきた。そうか今日は5人が面接を受けるわけだな。集団なのか個人なのかまだ明らかではないが少なくとも5人以上の若者(全員男子)がSODを志望しているわけだ。畜生。俺だけが志望していろ。
 その中の数人と雑談する。「何でSOD受けようと思ったの?」と聞かれる。「エロ好きだし映像好きだから」と淡白に答える。同じように聞き返すと「適職診断でこの会社が出てきたから」だと。そんなんだったら受けるな。受けてくれるな。何なんだよ。と思っていると女性社員の方が「それでは6階へどうぞ」と呼ばれる。その社員さんと5人がエレベーターに乗り込んで5階へと向かう。案内された部屋には説明会で話をしてくれていた人事の方(恐らく人事部長)ともう一人若い人事部の女性の二人が座っていた。イメージしていた集団面接とはまず椅子、机の配置が違った。違ったというわけではないが、会議室の長机を挟んで人事の方二人と学生が向き合うという格好になっていた。かなりリラックスした雰囲気だった。お茶まで出てくるし。
 「よろしくお願いします。それでは自己紹介と志望した理由を言って貰おうかな」と人事部長さんが。誰からというわけでなくいきなりそう言われた。兎に角言っておこうかな、なんて無駄な虚栄心とでも言おうか、自分を良く見せようとするがめつさがそうさせたのか「じゃあ私からよろしいでしょうか?」なんて挙手してしまう。「じゃあいってみようか」と促され俺は一通り基本情報と志望理由を述べた。すると「内容が良くても悪くても一番に自己紹介した人はプラス0.5点だから」なんていうことを部長さんが。続けて「2番目が0.4点、3番目が0.3点〜」と。採点基準を受験者側に言ってしまうのかこの会社は。嗚呼でも一番初めにやって良かった。なんて安心したのも束の間他の学生方も素晴らしい自己紹介をするではないか。畜生。それに何だ?「一発芸やっても良いですか?」とか言って煙草を舌で消したよ。凄いじゃないか、熱そうじゃないか。人事の方も「ほう」とか言ってるじゃないか。畜生。
 「入社したら初日に何がしたい?」と女性の人事の方が訊ねてきたのでまた挙手順に答えていく。もうどうにでもなれと俺は「うんこしてやろうかと思ってます」って答えた。こんな自由な雰囲気の面接もう二度と出来ないだろうなあ。じゃあ何でも言ってやろうじゃあないか。そう思ってしまった。どういうわけかそんな思考回路に陥ってしまったわけです。後はもう漫ろ。向かいのビルでオフィスラブが繰り広げられていないか、SODならそういう仕掛けもしてくるかも知れん。などというパラレルワールドに入ったのでずーっと向かいのビルの窓に目がいっていた。でも他の学生というか待合室で俺に話し掛けてきた学生さんは「〜ですがここでは話したくないです。言えません」って何なんだお前はさっきから。面接とは自分を知ってもらう為のものじゃないのか。それなのに「ここでは言いたくありません」って何しに来たんだよ。と、ここで最初の30分が終了。
 「ではこれから15分皆で話し合ってSODの新しいビジネススタイルを考えて下さい。その後プレゼンしてみて。僕らは一応この部屋にいるけど全然関係無い仕事してるから」と部長さん。僕を含めた学生は輪になって話し合いを始めた。「ラジオで行こう。ラジオで想像力を掻き立てようじゃないか。そしてDVDの売り上げに繋げよう」といういかにも付け焼刃な発想でプレゼンの時間になってしまった。プレゼンの方法を決める時間等無かったから俺が話し始めた。暫く話して目配せしてバトンタッチした。無事かどうか知らんがプレゼンが終了。最後に「今日受かったと思う人?」部長さんが聞いてきた。手を挙げようかと思ったら皆挙げないので胸の辺りで止めた。だけど最終的には挙げた。意味は無い。受かってるなんて思ってない。とりあえず自由にやっておこうと思って手を挙げてしまった。
 一時間。良い面接だったな。全ての企業がSODの面接を取り入れてくれれば気持ちも楽になるのに。新中野に着くと丸の内線は復旧していた。電車の方向が二人と一緒だった。一人は凄い良い自己紹介をした人。「説明会とか行ってる?」という俺の質問に一回も行ってないという答え。出版志望らしい。なかなか話が合いそうだ。もう一人は最初に話し掛けてきた彼。自分で描いた漫画の原稿を見せてくれた。上手い。巧いとでも言おうか。漫画家になりたいのでしょうか?凄く画が巧かった。でもそれ以外は受容し難いゼ。